大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 昭和46年(行ウ)20号 判決

原告 甲野一郎

右訴訟代理人弁護士 高木清

被告 国

右代表者法務大臣 中村梅吉

被告 名古屋市南区長 武内靖夫

右被告両名指定代理人 服部勝彦

〈ほか一名〉

被告南区長指定代理人 加藤慶治

〈ほか一名〉

主文

原告の被告名古屋市南区長に対する外国人登録証明書作成の無効確認を求める訴を却下する。

原告のその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

(原告)

「一、被告国は原告が日本国籍を有することを確認する。二、被告名古屋市南区長は丁南川(乙山市郎)にかかる昭和四三年一〇月一六日付外国人登録番号⑨第二八六二六七号の外国人登録原票登録、並びに同日付同人にかかる外国人登録証明書作成はいずれも無効であることを確認する。三、訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決。

(被告ら)

被告国は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

被告名古屋市南区長は「原告の訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」および本案につき「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

≪以下事実省略≫

理由

第一、日本国籍確認請求について

一、原告が昭和二三年三月七日名古屋市○区○○○○町○×丁目×××番地において日本人である訴外甲野花子を母として出生した右花子の非嫡出子であり、その旨愛知県西加茂郡三好町長の戸籍編成がなされていること、原告について、同二五年一月三〇日、訴外丁周甲なる者から神奈川県藤沢市長に対し、同二三年三月七日父朝鮮人丁周甲、母朝鮮人丙福徳との間に出生した子丁南川として出生届(以下、本件出生届という)がなされるに至ったことはいずれも当事者間に争いがない。

二、右事実によれば、原告が日本人である母甲野花子の非嫡出子として出生したことにより、日本国籍を取得したことは明らかである(旧国籍法三条)。

三、≪証拠省略≫を総合すれば、原告は慶尚南道昌寧郡大池面龍小里に朝鮮戸籍を有する訴外丁判点を父とし訴外甲野花子との間に生まれたものであること、昭和二三年三月一〇日、右花子が名古屋市東区長に対し、その旨の出生届をなし受理されたこと、右丁判点は密入国者であったところから、その氏名を秘匿する必要上同二五年一月三〇日、丁周甲なる仮名を用いて神奈川県藤沢市長に対し、その実子である原告を、同二三年三月七日父朝鮮人丁周甲、母朝鮮人丙福徳との間に出生した嫡出子丁南川として本件出生届を届出たところ、右届出は藤沢市長により昭和二五年一月三〇日受付第三五六号をもって受理されたことを各認めることができる。而して右事実によれば甲野花子の非嫡出子である原告についてさらに実父丁判点により父を丁周甲、母を丙福徳とする嫡出子たる丁南川として虚偽の出生届出が別箇になされたことが明らかである。

ところで原告は本件出生届について有効な受理がなかったと主張するが、市町村長の戸籍届出の受理にあたってなす審査は当該届出が法定の要件を具備しているか否かを調査するいわゆる形式的審査であって、市町村長には届出事項が事実と一致するか否かの実質を審査する義務はないと解すべきであるから、本件出生届が前述のように虚偽のものであるからといって、前記藤沢市長のなした本件受理は違法であるとすることはできない。なるほど本件出生届が丁南川出生の日時より一四日以上経てなされたことは明らかであるけれども、また、その出生証明書等の添付がなかったとしても、かかる事実の存在は格別右受理を違法とするものでない。また≪証拠省略≫には本件出生届が市町村長により、「戸籍法四九条一項に基づき、届書提出者のみ取置」との記載があることを認めることができるが、この「取置」とは事実上受け取られたにすぎないことを意味するものではなく、受理とは別個の、かつ、受理を前提とする、民事局長通達(昭和二三年一一月二日法務庁民事局民事甲第三四八六号)に基づく戸籍事務取扱手続上のいわゆる「留め置く」、すなわち受理後書類を外廓地域の本籍地に送付するまで留め置く事実行為とみるべきであるから、本件出生届は適法に受理されたこととはかかわりないことである。

さて、原告は前記虚偽の点その他届出の手続上の不備をとらえて本件出生届が無効であると主張するが、右主張は結局本件においては本件出生届記載どおりの親子関係はないとする趣旨の主張と考えられる。

ところで、出生届が届出られ有効に受理されたとしても、そのことから直ちに出生届書の記載どおりの親子関係が不動のものとして創設されるものではないから先に認定したとおり、原告は丁判点の実子であって、本件出生届により原告が父朝鮮人丁周甲、母朝鮮人丙福徳との間の嫡出子丁南川となるものではないこと明らかである。

従って、この点に関する原告の主張は理由があり本件出生届どおりの親子関係の存在を前提として、原告を朝鮮戸籍に登載されている夫婦の子として朝鮮戸籍令の適用ありとし、父丁周甲の属する朝鮮戸籍に入籍登載されるべき者とする被告らの主張は理由がない。

四、そこでさらに進んで本件出生届について、認知の効力を有するとする被告らの主張について考えてみる。

一般に、嫡出子出生届にはおのずから父においてその出生子が自己の子であることを認める意思表示を包含するからその届出には認知の効力があるというべきであるところ、これを本件についてみるに、先に認定したとおり原告の事実上の父である丁判点は密入国者であるため、その氏名を秘匿する必要から、丁周甲なる仮名を用いて、本件出生届をなしたというのであるから、丁判点としては自己の氏名を秘匿する必要がなければ当然自己の名において出生届をなしたであろうことは容易に推察できることであって、本件出生届には父たる丁判点が丁南川である原告を真実自己の子として認めるとの意思表示が包含されているということができる。而して右認定を覆えすにたりる適切な証拠はなく、また丁判点の仮名にかかる本件出生届は右意思表示または届出意思の存在に消長をきたすものではない。従って丁判点のなした本件出生届に原告を認知する効力を認めることができる。

五、しかして、実父たる朝鮮籍のある金判点より認知された原告は右認知により朝鮮人たる身分を取得し朝鮮戸籍令(大正一一年朝鮮総督府令第五一号)の適用を受けて父丁判点の属する朝鮮戸籍に登載されるべき者となったところ、昭和二七年四月二八日、平和条約の発効に伴い、同条約第二条(a)項により日本は朝鮮の独立を承認し、朝鮮に属すべき者に対する主権を放棄したため、原告は日本国籍を喪失したというべきである。

よって、原告は現在日本国籍を有するものではない。

六、なお、原告は朝鮮戸籍への登載および母甲野花子の戸籍からの除籍がないことから日本国籍を未だに失なっていないと主張するが、右登載および除籍が日本国籍の有無を左右するものではないこと明らかであり、右主張は理由がない。

第二、外国人登録原票登録並びに外国人登録証明書作成の無効確認請求について

一、無効確認訴訟の原告適格に関する行政事件訴訟法三六条は「当該処分の存否又はその効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによって目的を達することができないものに限り」無効確認訴訟を提起できる旨規定するが、原告の国に対する日本国籍確認請求、丁周甲との間の親子関係不存在確認請求等はいずれも本件外国人登録原票登録並びに外国人登録証明書作成の存否またはその効力の有無を前提とする訴ではないこと明らかであるから、右三六条を根拠に、原告は本件各無効確認請求の適格を有しないとする被告南区長の主張は理由がない。

二、そこで考えるに、外国人登録原票登録は、外国人に関する居住関係および身分関係を明確にし、在留外国人の公正な管理に資するための公示方法であって、登録自体は権利または法律関係を形成し、またはその範囲を画したりするものではないが、右登録の存在により種々の関係で外国人として取り扱われる利益・不利益があり、このことは少なくとも法律上保護に価する利益というべきであるから、登録原票登録そのものを無効とすべき理由がある場合には、右原票登録についてその無効であることの確認請求は許されるべきである。しかし外国人登録証明書作成は、交付行為の前提たる単なる事実行為として行政処分性を欠き行政訴訟としての無効確認請求の対象となりえないから、原告の本件外国人登録証明書作成無効確認の訴は不適法として却下を免かれない。

さて、原告が国籍韓国・氏名丁南川こと乙山市郎として本件外国人登録原票に登録されていることは当事者間に争いがない。ところで、原告は父丁判点の認知により外地籍たる朝鮮人の身分を取得した日本人であったが、その後平和条約の発効により日本国籍を喪失したものであることは先に認定したとおりであり、原告の本件外国人登録原票登録はなお維持継続すべきものであること明らかであるから、その登録無効確認を求める原告の本訴請求は理由がない。

第三、以上のとおりであるから、原告の外国人登録証明書作成無効確認を求める訴を不適法として却下し、その余の本訴請求はいずれも失当として棄却することにし、訴訟費用の負担については、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山田義光 裁判官 下方元子 樋口直)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例